6月 1, 2008 | In: 未分類
日本はショウルーム国家を目指すか?
昨日gooニュースに「ブランド信仰の日本でブランド離れ?」と題したフィナンシャルタイムズの記事が翻訳されていました。
主題としては
別の言い方をするとつまり最近の日本の金持ちは、誰でも一目見てわかるブランド品は求めていない。自分と同じように金持ちで趣味の良い仲間にだけ、価値が分かってもらえて褒めてもらえる商品を求めているのだ。世間一般が分からなくても、それは構わないということだ。
日本人の需要は、ブランド市場の中の「低価格帯」と「高価格帯」の両極端に二極化しているのだ。
といったあたりでしょうか。
HSBC銀行のアナリスト、アントワーヌ・ベルジュ氏は、「日本は世界で最も成熟した高級品市場」だと指摘しているのだそうで、これが本当ならブランド信仰にも変化の兆しが現れているようです。
一方で面白いと思ったのが
日本国内でブランド品を買う人は、必ずしもみんながみんな日本人とは限らないのだ。日本人が前ほどブランド品を買わなくなっても、中国やロシアから観光客 がどんどん増えて日本でブランド品を買っていく。日本人の買う量が減った分を、こうやって観光客が十分に埋めていくかもしれない。
高級品を扱う店側も、日本の外では手に入らない商品をそろえることで、この観光客需要を促進してきた。海賊品の横行防止が狙いのひとつだが、日本がアジア 需要のパイロット市場になるというのがもうひとつの理由だ。「日本はアジア全体にとってのショウルームなんです」とコラス氏は話している。
ということで、海外のブランド品を日本で海外からの観光客が買っていくというちょっと不思議な現象が起こっているんですね。
こうなると日本の立ち位置というのは、いわゆるセレクトショップみたいなところになるんでしょうか。
ちょっと考えてみるとこのポジションはなかなか日本という国の性質に合っている気がしてきます。
一例を上げると最近、日本の食文化のレベルの高さというのがクローズアップされることが多いですね。
昨年のミシュラン東京版における、東京のレストランへの高評価。
これらはもちろん従来から言われて久しい日本の「内輪受けの凝り性な職人文化」によって高度に洗練されていった部分があるとは思いますが、同時にその職人文化と対をなして発達してきた、「完成度の高いプロダクツ・サービスでないと振り向きもしない消費者文化」があってこその結果とは言えないでしょうか?
資本主義経済の発達によって、日本のみならず世界中で商品や情報が溢れかえっているのであれば、それを取捨選択する「消費者の視点」の重要性が今後も一層増してくることでしょう。
そうなった時、日本は「カリスマ消費者」的なブランドイメージを確立し得るポジションにいるのかもしれません。
世界中の企業が、世界中でものを売る時に「この製品(サービス)は日本で高い評価を得ています」というのを売り文句にするようになったら面白いでしょうね。
まあ、日本人の場合だと上述のような文化と共に「コマーシャルに弱い」部分など、ちょっとカリスマ消費者になる上では不都合な国民性もあるようなので、必ずしも今のままいけばそうなるってことにはならないでしょうけれども・・・
さて、最後に全然関係ありませんが、一昨日くらいからはてなハイクをはじめました。
色んなお題があるのですが、その中に「名言っぽいこと言ってみようぜ」というのがあったので作ってみました。
女の賢さを侮ってはいけない。
男は禿げ始めてから育毛剤を頭に振りかけるが
女は顔が崩れ始める前に化粧で塗りつぶす。
みなさんも名言っぽい言葉を思いついたら是非投稿を!